東京地方裁判所 昭和35年(合わ)160号 判決 1960年7月30日
被告人 山田健二 外二名
主文
一、被告人山田健二を懲役参年に、
被告人野沢義治を懲役弐年に、
被告人剣持継明を判示第二の罪につき懲役壱年に、
判示第四の罪につき禁錮弐月に
各処する。
二、但し被告人剣持継明に対し本裁判確定の日より参年間右各刑の執行を猶予する。
三、押収に係る登記済権利証壱通(昭和三十五年証第一六四号の十七)、同印鑑証明書弐通(前同号の十九)中各偽造部分は被告人山田健二、同野沢義治から之を没収する。
四、訴訟費用中証人小川仁、同小川好子に各支給した分は被告人山田健二、同剣持継明の連帯負担とし、国選弁護人崎信太郎に支給した分は被告人剣持継明の負担とする。
理由
(事実)
被告人山田健二、同剣持継明は幼時より互いに近所に居住していた関係から知合い、昭和三十二年夏頃共に東京都大田区女塚四丁目七番地所在の不動産取引仲介業東都商事に出入りするようになつて以来互いに親しく交際していたもの、被告人野沢義治は日本通運汐留支店を退職後一時工場を経営していたが失敗し、昭和三十二年夏頃から同じく前記東都商事に出入りするようになり爾来被告人山田と相識るに至つたものである。ところで
第一、被告人山田、同野沢はいずれも金銭に窮した結果、
(一) 東京都大田区矢口町三十九番地宅地百二十九坪五合二勺(当時小林ノブ所有)が空地のまま放任してあるのに目をつけ、その所有者とは何等の面識もなく従つて同宅地については何等の処分権限がないにも拘わらずあるように装い、右宅地を他に賃貸して借地権利金名下に金員の騙取方を共謀の上、昭和三十三年四月二日頃、被告人山田において同区新井宿三丁目千九百八十九番地大森住宅相談所こと不動産取引仲介業山口豁の事務所に赴き、同人に対し右宅地の賃貸の斡旋方を申し込み、情を知らない同人をしてかねて宅地の賃借方を希望していた伊藤竹次にその旨伝えさせ、翌三日頃再び右事務所に赴き、右伊藤に対し、「自分は地主の小林ノブの委任でこの土地の管理人になつているが、地主の方で金がいるので急に土地を貸すことになつた」旨虚構の事実を申し向け、更に同月七日同区新井宿一丁目二千三百番地旅館六三園において、右伊藤に対し、被告人野沢において「自分は小林ノブの息子の小林勝彦である」と称して被告人山田と共に右宅地の賃貸借契約の申込をなし、伊藤をして被告人等が正当な処分権限に基き右宅地の賃貸借契約の申込をなすものと誤信させ、因つて同人より借地権利金名下に同日同所において現金二十万円を、同月十六日同区女塚四丁目六番地伊藤方において現金二百万円を各受領して之を騙取し、
(二) 同区池上徳持町十七番地の八宅地百四坪九合八勺(所有者石井吉蔵)が空地のまま放任してあるのに目をつけ、その所有者とは何等の面識もなく従つて同宅地については何等の処分権限がないにも拘わらず、右宅地に関する登記済証その他の関係書類を偽造行使して右宅地を他に売却して売買代金名下に金員の騙取方を共謀の上、
(イ) 被告人山田において、昭和三十四年四月頃、横浜市港北区日吉町百八十二番地豊鶴荘内の同被告人方居室において、行使の目的を以て、ほしいままに、白美濃紙二葉にペンを以て「神奈川県三浦郡葉山町一色二千百五十八番地石井吉蔵を登記権利者、東京都渋谷区大和田町一番地東京急行電鉄株式会社を登記義務者とし、右宅地百四坪九合八勺につき昭和二十三年七月二十八日付売買を原因とする所有権移転登記を申請する」旨記載した土地所有権移転登記申請書と題する書面の末尾に偽造に係る東京法務局大森出張所名義の登記済なることを証明する枠型印及び「東京法務局出張所之印」と刻した偽造の角印を押捺し、且つ所要の箇所に日付印、受付番号印、順位番号印等を押捺し、以て東京法務局大森出張所名義の石井吉蔵の所有権に関する登記済証一通(昭和三十五年証第六四一号の十七)を偽造し、
(ロ) 被告人山田において、その頃同所において、行使の目的を以て、ほしいままに、葉山町役場所定の印鑑証明願用紙二通を利用してその各「印鑑」欄に石井吉蔵と刻した偽造の丸印(前同号の二十二)を押捺し、「申請者」欄に石井吉蔵、その他所要個所に同人の本籍、住所、生年月日をペンを用いて記載し、申請日付欄に一通には34・4・25、他の一通には34・5・2と記載してある印鑑証明願二通の奥書部分に夫々偽造の神奈川県三浦郡葉山町長守屋光春の記名印及び「三浦郡葉山町長之印」と刻した偽造の角印を各押捺し、且つ受付番号として34・4・25の分に葉山町第三〇六号、34・5・2の分に葉山町第三四二号と記載し、以て一般人をして恰も葉山町長守屋光春が右石井吉蔵と刻した丸印は届出登録済の印鑑と相違ないことを証明したものと信ぜしむるに足る外観を具えた同町長名義の印鑑証明書二通(前同号の十九)を順次偽造し、
(ハ) 同月二十九日頃、被告人野沢において電話で不動産取引仲介業和光不動産こと中西光明に対し右宅地の売却斡旋方を依頼し、翌三十日頃同人を右宅地に案内し、「この土地は葉山の石井吉蔵のものだが息子の石井信助とは友達であり同人より売却方を依頼された」旨虚構の事実を申し向け、更に同日被告人山田において同都世田谷区若林町二十番地所在の右和光不動産事務所に赴き、右中西に対し「自分は地主の石井吉蔵の息子の石井信助である」と称し、「妹の結婚費用を作る為め右宅地を売却したい」旨申し向け、情を知らない右中西をしてかねて宅地の買取方を希望していた三条[イ京]にその旨を伝えさせ、同年五月二日同区新町一丁目百十三番地三条方において、同人に対し被告人野沢において前記偽造にかゝる右宅地に関する登記済証一通、印鑑証明書二通をその他の関係書類と共に真正に成立したものゝように装い、一括交付して行使した上、右宅地の売買契約の申込をなし、右三条をして被告人等が正当な処分権限に基いて右宅地の売買契約の申込をなすものと誤信させ、因つて同日同所において同人より右宅地売買内金名下に現金五十万円の交付を受けて之を騙取し、
第二、被告人山田は昭和三十四年九月頃小川仁に対し同都大田区雪ヶ谷町七百三十二番地所在の木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建居宅一棟(建坪九坪)の買入方を斡旋し同年九月二十六日同人のために所有権移転登記手続を了し、爾来その委任により同建物に居住中の丹治登に対する立退交渉を行い、同年十一月頃からは被告人剣持も被告人山田の勧誘によりこれに加わり共同して丹治に対する交渉に従事していたところ、同年十二月七日頃年末が迫り金銭に窮した結果、ほしいままに右家屋を他に売却して金銭を騙取することを共謀の上、同日小川の妻好子を右家屋に居住する丹治登を立退かせるには名義を転々として書換えるのが得策であると説得して同女より右家屋に関する登記済証、小川仁の印鑑等を入手し、翌十二月八日、同都中野区打越町三十一番地吉沢土地株式会社において、同社店員中沢貞二に対し、被告人山田において「自分は小川仁の弟である」と称し、右家屋に関する前記登記済証及び小川の印鑑等を示し、被告人剣持において右家屋を売却したい旨申し向け、右中沢をして被告人等が右家屋に対する正当な処分権限に基いて売買契約の申込をなすものと誤信させ、因つて売買代金名下に同人より同日同所において現金十万円、同月十日同所において現金四十万円の各交付を受けて之を騙取し、
第三、被告人山田は坂元新三郎こと森田吉彦と共謀の上、月賦購入名下に原動機付自転車を入手して直ちに之を他に売却して金員を得ようと企て、昭和三十三年二月十六日、横浜市南区通町四丁目百番地銀輪自転車商会こと菅谷道博方において、同人に対し約定どおり誠実に代金を支払う意思がないにも拘わらずあるように装い、且つ、車を入手後は直ちに売却する意思はこれを秘し、「新車一台を月賦で売つて貰いたい、買手は会社の社長の息子だから金の方は間違いない」旨虚構の事実を申し向け、同人をして約定どおり月賦金の支払を受け得るものと誤信させ、因つて同月十八日、同区内横浜国立大学グランドにおいて同人よりヘルスエムロ号五十八年式第二種原動機付自転車一台(時価十四万四千円相当)の交付を受けて之を騙取し、
第四、被告人剣持は、
(一) 法令に定められた運転の資格を持たないで、昭和三十三年十二月二十三日午後十時過頃、東京都港区赤坂青山北町三丁目●番地先道路において、渋谷方面より赤坂見附方面に向け、小型四輪貨物自動車第四も七六一二号を運転し、以て無謀な操縦をなし、
(二) 同日午後九時三十分頃より同都渋谷区渋谷駅前通称恋文横丁所在バー「ダダ」において飲酒し、その結果自動車の正常な運転は期し難い状態にあつたが、何人もかような状態のまま自動車を運転することは断念すべきであり、而も右の如く運転免許を受けていない者は自動車運転を中止し、事故の発生を未然に防止すべき義務があるにも拘わらず、過去の運転経験を過信し、且つ酒の勢いも手伝つて右注意義務を著しく怠り、同日午後十時頃前記駅前から赤坂見附方面に向け、高野豊詞、青山敏二外一名を同乗させ、前記小型四輪貨物自動車を敢て運転し、同日午後十時過頃、同区赤坂青山北町一丁目一番地先道路に差しかゝつた際、ブレーキの操作をあやまり前方を進行中の新保栄視の運転する小型四輪乗用自動車に追突させ、因つて重大な過失により右小型四輪乗用自動車の乗客河合薫(当二十六年)に対し静養約十日間を要する脳震盪を、前記高野豊詞(当二十七年)に対し加療約五日間を要する前額部裂傷、右膝部打撲傷を、青山敏二(当二十六年)に対し加療約五日間を要する右膝部擦過傷の傷害を負わせ
たものである。
(証拠)
第一、証拠の標目(略)
第二、判示第二の事実について、
被告人山田、同剣持は、判示家屋の売却については小川仁の妻好子よりこれを売却してもよい旨いわれているからその処分権限はあつた旨主張する。而して前掲証拠によると、丹治に対する立退交渉は予期の如く運ばず、その間被告人等と小川好子との談合中、同女が小川側としては立退を求めるのが本旨であるが、時と場合によつてはこれまでの出費額七十万円余の入手が確保されれば売却してもよいと話したことは認められる(証人小川好子の証言殊に134―138、163―166、170―177、183―188、206―217参照)。しかし、前掲証拠によると、両者の比重は、丹治の立退を求めることに重点があり、売却は已むを得ない場合の補充的なものに過ぎないことが認められ、この様な場合例外的の処置である売却の方法に出るか否かの裁量は一に小川側に属するものと観るのが相当であるから、被告人等において小川の依頼である立退交渉を抛棄して後者の方法に依る場合にはあらかじめ小川にその意思を確めその承認を得ることを要し、同人等はこれによつてはじめてこれが売却権限を取得するものと解する。しかるに、被告人等が小川好子より権利証、印鑑などを受取つたのは昭和三十四年十二月七日であるが、同人等はその前日の六日すでに中沢に対し売却の下話(中沢貞二の検察官に対する供述調書二項参照)をしていながら、小川に対しては売却のことは一言も語らず、ひたすら立退交渉で有利な立場に立つには名義の書換が必要であると説明しているに過ぎない(証人小川好子の証言殊に60―73、113、116、117、225、226、227、被告人山田の第六回公判供述殊に53、36、40、=被告人剣持関係では供述記載=なお被告人剣持の関係で被告人剣持の第七回公判供述殊に42、45、56、参照)。これ等権利証などの授受された経緯などに徴すると、被告人等と小川好子との間に、前記認定の如き売却の話が出たとしてもそれは判示のとおり確定的な申出ではないから判示行為当時被告人等には判示家屋を売却するまでの権限はなかつたものであり、被告人等も当時この事情は十分諒知していたものと認めるのが相当である。
第三、判示第一の(二)の印鑑証明書について
判示第一の(二)の各印鑑証明書の偽造内容は判示のとおりであつて、同証明書には通例の証明書で見受ける「右相違ないことを証明する」旨のいわゆる証明文言の記載が形式上欠如している。
文書とは文字またはこれに代る符号を以て一定の思想がある物体の上に表現されたものをいうのであるが、その思想はすべて文字などによつて表現されるの要はなく、他の記載などと相俟つて表現されても足りるものである。而して本件における葉山町長の署名捺印は印鑑証明願の奥書としてなされているのであつて、印鑑証明願と一体をなして居り、これと離れて解釈されるものではない。この観点から問題の書面を検討すれば、同書面は、たとい右の如く証明文言が欠如していたとしても、なお一般人をして葉山町長において印鑑証明願を正式に受付け、同願にある印鑑が届出登録されたものに相違ないことを証明した文書と信ぜしむるに足る形式外観を具えていると解するのが相当である。
(刑法第四十五条後段の確定裁判)
被告人剣持継明は昭和三十三年十一月十五日大森簡易裁判所において傷害罪により罰金三千円に処せられ、同裁判は昭和三十四年一月七日確定している。このことは同被告人にかかる東京地方検察庁検察事務官駒津善久作成の前科調書に照らしこれを認める。
(法令の適用)
法律に照らすと、被告人等の判示第一の(一)一第一の(二)の所為中詐欺の点、第二、第三の各詐欺の所為はいずれも刑法第二百四十六条第一項、第六十条に、第一の(二)の所為中各公文書偽造の点は同法第百五十五条第一項、第六十条に、同行使の点は同法第百五十八条第一項、第百五十五条第一項、第六十条に、第四の(一)の所為は道路交通取締法第七条第一項、第二項第二号、第九条第一項、第二十八条第一号、罰金等臨時措置法第二条に、同(二)の所為は刑法第二百十一条後段、罰金等臨時措置法第二条、第三条に該当するところ、判示第二の(二)の各公文書の一括行使の点は一個の行為で数個の罪名に触れ、右公文書偽造、同行使、詐欺との間にはいづれも手段、結果の関係があるから刑法第五十四条第一項前段、後段、第十条によりこれを一罪とし、最も犯情の重い偽造の登記済証(昭和三十五年証第六四一号の十七)を行使した罪の刑に従つて処断すべく、判示第四の各罪については所定刑中(一)については懲役刑を、(二)については禁錮刑を選択し、被告人山田については判示第一の(一)、(二)、第二、第三の各罪、被告人野沢については判示第一の(一)、(二)の各罪はいずれも同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条本文、第十条に則り被告人山田、同野沢については最も重い判示第一の(二)の偽造公文書行使罪の刑に法定の加重をなし、被告人剣持については前示確定裁判に該る罪と判示第四の各罪とは同法第四十五条後段の併合罪の関係にあるから同法第五十条に則り未だ裁判を経ない判示第四の各罪につき更に処断すべく、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条本文但書第十条に則り重い判示第四の(二)の罪の刑に法定の加重をなし、右の結果それぞれその所定乃至加重した刑期範囲内で被告人山田健二を懲役参年に、被告人野沢義治を懲役弐年に、被告人剣持継明を判示第二の罪につき懲役壱年に判示第四の罪につき禁錮弐月に各処する。但し諸般の情状に鑑み同法第二十五条第一項を適用し被告人剣持に対しては本裁判確定の日より参年間右各刑の執行を猶予する。押収に係る主文掲記の物件はいずれも判示第一の(二)の公文書偽造罪によつて生じ且つ同行使罪を組成したもので、いずれも何人の所有をも許さないものであるから、同法第十九条第一項第三号、第一号、第二項に従いその各偽造部分を主文掲記のとおり関係被告人より没収し、訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項本文、第百八十二条を各適用して主文掲記のとおりその負担を定める。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 八島三郎 大北泉 新谷一信)